S原:今回は、北野武監督作品ですよ。
Y木:あったなあ、この映画。観てないけど(笑)
(あらすじ)
芸能界で大物のタレントとして成功した“ビートたけし”と、コンビニで生計をたてる売れない役者“北野”。そっくりな二人が偶然出会い、不思議な世界へと迷い込んでいく…
S原:これは賛否両論の嵐やねん。ただ、かなり「否」の評価が多いかな。
Y木:おまえはどうやったの?
S原:結構、楽しめた。
Y木:そうなんや。
S原:訳が分からん映像を延々と見せられると覚悟してたから、観た後は「意外とわかるやん」って(笑)とくには、前半は単純におもろいと思ったけどな。
Y木:どんな話なん?
S原:うーん、ストーリーはあるようなないような。主人公は2人。芸能界で成功した(現実のイメージ通りの)たけしと、売れていない役者志望のたけし。映画の前半は、それぞれののたけしが混乱せずに描けてると思うねんけど、2人が交差するあたりから、どんどん夢か現実か分からない構造になっていく。
Y木:シュールな感じ?
S原:すこしシュールかな。前衛映画というほどでもないと思うけど。
Y木:いわゆる「難しい映画」なん?設定がどんどん複雑になるというか。
S原:うーん、有名人であるたけしの周りにも、売れないたけしの周りにも、同じ役者が別の役で登場する(岸本加世子、寺島進、京野ことみなど)から、混乱してしまう人はおると思う。
Y木:「売れないたけしが、売れているたけしに同化する」という解説があるけど、そのへんは?
S原:同化するというか、売れないたけしの方が色々と夢想するねん。コンビニで働いているときに、偶然に拳銃を手に入れて、他人を撃ちまくる…これは、売れないたけしの苛立ちとかストレスが原因と、ぼくは解釈したけど、有名人になったたけし自身も、他人を撃ちまくるように解釈できる。
Y木:ほう。
S原:ただ、夢なのか現実なのか曖昧になっていくという部分はあまり上手く表現できていない。テンポよく理解できるようになってないといえばいいのか……わざとかもしれんけど、ぎこちない感じがして、観ているほうはガクッとなる場面は多いねん。たけし自身が、自分で作ったあと、わざと壊してしまったように、ぼくは感じたけどな。
Y木:そりゃ、いままでのたけしの映画のファンは戸惑うやろうな。
S原:そうやな。意欲作というか新しいスタイルに挑戦したかったのか、もしかしたら、かなり精神的に追い込まれていた時期かもしれんな。だから、こういう映画を撮ってしまったのかも。スティーブン・キングでも一時期自分を投影したような作家が主人公の小説(ダーク・ハーフ、ミザリー等)を書いてたやろ。表現者として、ああいう時期はあるんかもな。成功をしているはずやのに精神的にしんどい時期というか……
Y木:あるやろうな、人間やし。
S原:たぶん「北野武」本人としては、映画である程度の成功をおさめた後に、ふと人生を振り返るような瞬間があったんとちゃうかな。もしも有名にならなかったら、タクシー運転手になってたかもとか、いまだにオーディションを受けていたのかな、とか。それがそのまま、この映画になってる。そういうのは滲み出ているわ。
Y木:いまの成功が夢みたいに思うってこと?
S原:そうそう。「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」やな。有名になったら嫌なことも多いんやろうけどな。ゆっくりとコンビニで立ち読みも出来へんし(苦笑)さっきも言ったけど、この映画に関しては、スマートな演出ではないから観客の「頭脳」には届いても、観客の「心」にはあまり響かないような気がする。理解や解釈を求める映画といえばええんやろか。
Y木:理解とか解釈する映画かー。面倒くさいなー(笑)
S原:ま、好き勝手に観たらええんやけどな(笑)
Y木:でも、夢と現実が混同していく…というのはおれは結構興味深いな。
S原:たけしがどれくらい意識したかどうかはわからんけど、ぼくはフェリーニ(とくに「8/21」)とかベルイマン(とくに「野いちご」)とかを思い出したわ。
Y木:確かに話を聞いてると、なんとなくフェリーニは意識してる感じはする……そやけど、どうなんかなあ。そういう〇〇に影響されてるとかをあんまり言うのもなー。有名無名関係なく、どれに影響されているとかじゃなくて、単純に映画単体で評価したらええと思うねんけどな。なんか、昔の映画評論家みたいじゃない?(笑)
S原:同感。でも、この映画はわざとそんな印象が残るように撮られてるから。どうしても、そういう話題になるとは思うよ。監督自身が1人2役をしているし、作りとしてはいままでの監督作品をわざと模倣したような場面(拳銃、海岸、セリフまわし)が多いから、確信犯やと思う。
Y木:メタフィクション的な?
S原:そういう部分もあるで。たださっきも言ったけど、それが上手くいっているかどうかはちょっと微妙かな。筒井康隆の「夢の木坂分岐点」とか「エロチック街道」なんかは、夢のような現実のようなすごい不思議な感じやろ。それでいて、どこか静謐な雰囲気もあって。ああいう雰囲気がでれば傑作になったと思うけど。
Y木:小説と映画は比べるのは難しいけどな。そういうタイプの映画を作りたかったんやというのは分かる。でも、なかなか上手に作るのは難しいかもなあ。
S原:あと、女性像とくに岸本加世子とか京野ことみに関しては、ほかの映画の描き方と違う感じがする。意識して暗示したのか、自分自身の投影としたのか、このへんも観る人によって解釈は変わると思う。
Y木:北野武マニア向けの作品?
S原:マニアは喜ぶやろうな。普通の人は戸惑うか退屈に感じると思う。単純な映画ファンの評価は割れるんとちゃうかな。
Y木:なるほどー。
S原:さあ、みなさん。夢のような不思議な映画ですが、一度体験するのも良いと思います。銃を撃つシーンはふんだんにありますが、「アウトレイジ」とは全く違う意味になっています。北野武が、「手癖」と「センス」だけで作ってしまったような異色作ですが、ワゴンでみつけたらマストバイですよ!