S原:今回は、こちら!
Y木:ホラー?
S原:いえいえ、これは実は……
(あらすじ)
嘘をつくことでしかコミュニケーションを取ることができない女性の繊細な心理をスリリングに描き、2018年サンダンス映画祭で脚本賞を受賞したサイコスリラー。人付き合いが苦手なナンシーは、他人の関心を集めるために嘘ばかりついていた。そんなある日、5歳で行方不明になった娘を捜し続けている夫婦をテレビで見たナンシーは、その娘の30年後の似顔絵が自分と瓜二つなことに気づく・・・
S原:結論から言うと、これは良い映画です。「隠れた名作」と言っていいと思う。ただし、サイコスリラーやホラーではないです。宣伝文句も予告編もDVDのパッケージもサスペンス風で紹介してるけど、全然違う。いまから観る人はそれを理解して観てほしい。
Y木:サイコスリラーでないとすると、なに?真面目なドラマ?
S原:その通り。これは大まじめに作っています。それも、いわゆるドラマチックな展開や、女優が泣き叫ぶ演技をみせる映画じゃない。繊細と言うか静謐と言うか、あーここまで読んで観る気になった人はここで読むのをやめてください。ぜったいに予備知識がないほうが面白いはずなので。
Y木:このブログはネタバレ全開やからな。で、具体的にはどういうところがええの?
S原:とにかく俳優たちが素晴らしい。こんなに俳優の演技に酔ったのは久しぶりです。とくに主役のナンシーのアンドレア・ライズボローは出色やと思う。一世一代の名演技ちゃうかな。母親の介護で疲れて、その母親とも上手くいっていない。ネット上で知り合って男性と会うけど、実際に会ってみると上手くいかない。イライラするけど、どこにもぶつけるところがない。もちろんお金もない。こういう立ち位置が、説明的な台詞は言わず、淡々と演じることで分かるねん。
Y木:へえ。すごいな。
S原:なんというかな、だんだんと若さがなくなっていく年代ってあるやん。容姿も活力も変わっていくのが滲み出るような演技でな。ここは本当に感心した。
Y木:それは演出の力もあるやろ。
S原:もちろん、そう。監督はクリスティーナ・チョー。ほとんど情報がないけど、このタイプの作品しか作れないとしても、この映画での演出は冴えている。
Y木:今回はえらい褒めるなあ。
S原:良い意味で完全に期待を裏切られた。こっちの内面にゆっくりと触ってくるような映画やねん。ただし、全編にわたって登場人物たちがどこにもいけないような閉塞感が充満しています。もう観るのをやめようかと思うくらい(苦笑)
Y木:暗いんやな。
S原:いや暗いというか、登場人物たちはみんな孤独やねん。主人公はとくにそう。その原因は自分自身にもある。自分でもそれを理解してるのよ。そんな彼女が、30年前に娘を行方不明でいまだに探し続けている夫婦を知って、その娘(CGで30年後に容姿を復元した容姿)に今の自分の容姿によく似ている、と気づく。これがパッケージの場面やな。
Y木:母親と一緒に住んでるんやろ?
S原:母親は病気で亡くなるねん。それで主人公は天涯孤独になって、老夫婦に連絡をするのよ。その夫婦が、スティーヴ・ブシェミとアン・ダウド。あのスティーヴ・ブシェミが、こんな繊細な表情が出来るなんて驚いたわ。妻役のアン・ダウドも素晴らしい。とにかく、この3人の無駄をそぎ落とした演技はいつまででも観れます。(コメントで間違いを教えてもらいました。アン・ダウドではなくJ・スミス=キャメロンでした。)
Y木:演技がええのは分かったけど、夫婦と会ってどうなるの?本当の娘かわからへんやん。
S原:なので、遺伝子のチェックをする。結果が出るのが2~3日後。そのあいだに、主人公はその夫婦の家に泊まることになる。
Y木:ほう。
S原:最初はお互いにギクシャクするんやけど、とくに妻(というか失踪した娘の母親)は、主人公を自分の娘のように感じて世話を焼くねん。
Y木:夫は?
S原:それを黙ってみている。「本当は娘じゃないかも」とかなり疑っているけど、それは言わない。
Y木:なんで?
S原:妻が信じているから、やな。いや厳密に言うと「娘が戻ってきたと信じたい妻をみて、何も言えなくなる」かな。でも、夫もほんの少し信じたい気持ちを持っている。このへんの描き方が絶妙やねん。
Y木:あーなるほどな。なんとなく映画の内容がわかってきたわ。
S原:で、主人公も子供の頃の「記憶」を話すねん。主人公にそんな記憶があるわけないのに、話してしまう。夫婦は、もしかして本当の娘かも?って期待します。
Y木:主人公もウソを言ったらアカンやろ。余計、老夫婦が傷つくやん。
S原:そのへんがな……うまく言えないねんけどな。主人公も、べつに傷つけるために「記憶」を話すわけじゃないねん。たぶん、夫妻を安心させるためにウソを言ってしまうのよ。それに自分でもどこかで「これが真実だ」と信じたい気持ちもあるんとちゃうかな。
Y木:うーん……
S原:さっき老夫婦が喜ぶって言ったけど、その一方で薄々「この娘は本当の娘じゃない」と本心では理解してる雰囲気もあるねん……もう胸がつまるで。まじで。
Y木:そうなんか。観ているひとにそういう感情を抱かせたら、それは良い映画やろうな。
S原:さっきも言ったけど、この映画は「説明」を排除した演出やから、ぼくはそう解釈したんやけどな。このへんは人によって印象が変わると思う。すごいストーリーは単純やろ。テンポもスローやし、登場人物たちの本音がどこになるかハッキリしない。でも、最後まで集中して観てしまう。昭和ミステリーの悪女みたいに「なりすまして、遺産をもらう」というのとは違います。
Y木:最後は?
S原:言えません。あー言いたいのよ! このパッケージと対になったような演出で、あーもう、言いたい、でも言えない! 気になる人はぜひ観てくださいませ。
Y木:今回は、久しぶりにおススメみたいやな。
S原:はい、おすすめです。地味な映画で場合によっては観る人も気が滅入るかも、ですが、敬遠せずに観てほしい。きっといろいろと考えさせられるので。もちろん、中古店でみつけたらマストバイですよ! 役者を目指している人は必見です。できれば体調の良い日に観て下さい~!