Y木:なんか、普通っぽいな。
S原:いいえ、今回はもうなんとも……
(あらすじ)
過去の失敗からステージ恐怖症に陥り、演奏から遠ざかっていたピアニストのトムは、5年ぶりに表舞台へ復帰することになる。演奏会にはベーゼンドルファー社製の名器インペリアルが用意され、トムは恩師パトリックが残した難曲の演奏に挑むが、その譜面には「一音でも間違えたら、お前を殺す」というメッセージが記されていた。やがて会場に潜む謎のスナイパーの銃口が自分をとらえていることを知ったトムは、誰にも助けを求めることもできず、絶体絶命の中で演奏を続けるが……。
S原:ハッキリ言います。これは、大・珍・作です!
Y木:いきなりやな。これは、シチュエーションスリラーやろ?
S原:うん。公衆電話の場所からでられなくなる「フォーンブース」(2003)とか、ATMから出られなくなる「ATM」(2012)とか、スキーのリフトから降りられなくなる「フローズン」(2010)とか同じような感じやな。ちなみに、どれも結構面白いよ。
Y木:おー、「フローズン」っていう映画は、スキーのリフトから降りられなくなるんか。ちょっと面白そうやな。
S原:うん、結構面白かったで。かなり設定に無理あるけど(笑)でも、そういう「無理な状況」をいかに納得させながら面白くみせるか?が、腕の見せ所なわけやん。
Y木:そやな。
S原:この映画ではそこが完全に破綻していますねん、だんな。
Y木:なんで浪速の商人みたいな言い方やねん。
S原:この映画のユニークなところは、コンサートの最中、衆人環視、みんなが自分を見ている中で起こるってことやねんけどな。さっきも言ったけど、こういう映画って、あらかじめ限定された危機的な状況(動けない場所、迫ってくる時間、命を狙われている、他人には伝えれない等)で、主人公が果たしてどうするのか?が面白さの「肝」やん。観ている人が「あーその手があったか!」とか「へえー主人公は頭がいいなあ」とか「犯人の裏をかいて、そう動いたのか。やるー!」とか。
Y木:やるー!って(笑)
S原:ところが、なにもかもが変やねん。もう観ていて、こっちが悲しくなるくらいに……(深いため息)
Y木:演出が下手?
S原:それ以前の問題ですわ。だって観客が「え?」と思う前提をことごとく説明できていないもん。
Y木:うん?どういうこと?
S原:えーとですねえ。まず、主人公はピアニストやねん。ステージ恐怖症で5年振りにコンサートをする。難曲で有名な曲らしい。緊張する主人公。いざ、ステージに立ちます。期待されて万雷の拍手。主人公が楽譜を開くと、「一音でもミスをしたら、おまえを殺す」と落書きされている。主人公は驚く。でも演奏が始まってしまうから、しかたなくピアノを弾く。ページをめくると「うそじゃないぞ。おまえの恋人も狙っている」という落書き。観客席にいる恋人をチラッと見ると、赤色のレーザーポインターがねらってるではありませんか!本当に命が狙われていると知り混乱する。でもミスをせずにピアノを弾き続ける主人公……
Y木:まあ変な設定やけど、出だしはそんなもんでしょ。
S原:ところが、主人公は演奏の途中ですぐにピアノをやめて、楽屋に戻ります。
Y木:は?
S原:ほんまやねんって!たぶん「主人公がステージにいない時間 = ピアノは弾かないパート」という設定やと思うけど、オーケストラの演奏は続いてるねんで?本日の主役やで?いくらなんでもステージから黙って消えたらあかんやろ。
Y木:(セロニアス)モンクみたいやな。
S原:あー興奮したら演奏をやめて、踊ってしまうという変人ジャズピアニストね(笑)でも、モンクはノリノリなあまり、そうなってるわけやん。それにステージから降りるわけじゃないし。
Y木:しかも、お客さんも「あーモンクやからねえ」と笑って許してあげる(笑)
S原:当たり前やけど、映画の展開として『ステージからいったん消える』という場面が要るなら、それを観客にきちんと説明しないとあきません。「セッション」(2014)という音楽映画でも、演奏中にも関わらずビッグバンドの指揮者(鬼教官)が主人公(ドラマー)の近くまで来て、(演奏しながら)会話をする場面があるねん。 あれも「こんなことあるんかいな?」と思ったけど、「まあジャズやから、そういうこともあるやろ」と許容したけど、今回はクラシック、しかもオーケストラやで?変やろ?
Y木:まあな。それで楽屋に行って助けを求めるの?
S原:なんか「イヤホンをつけろ」と言われて、イヤホンをつけてステージに戻る。
Y木:それで?
S原:イヤホンから犯人の声がきこえる。犯人と会話しながらピアノ演奏をする主人公。さあステージの上で、ピアノを演奏しながら犯人とトークタイムがスタートでっせ!
Y木:えーなにそれ。お客さんは分かるやん。
S原:何故か客はみんな気づかないんですわ。
Y木:ひどいな。というか、そんな会話しながらピアノ弾いたら間違うやん。難しい曲なんやろ?
S原:もうこの時点で「1音でも間違ったら殺す」という設定はなくなっています。
Y木:おいおい。
S原:そんななか主人公は、携帯(ガラケー)を取り出します。
Y木:え、携帯?どこから?
S原:スーツのポケットから、自然な感じで(笑)ここは大事なのでもう一度言います。主人公は、携帯を取り出します。
Y木:しつこいわ。
S原:念のため言っておきますが、ステージの上でピアノを演奏しながらですよ、あなた。
Y木:お客さんはみてるやん。
S原:お客さんに見えない位置にそっと置いて、ピアノの演奏の隙間にピコピコピコピコ……しかも途中でガラケーをステージ上に落とします。なのに、お客さんは全く気づきません!
Y木:うそつけ。
S原:ほんまやねんって!ほんまにこんな映画やねんって!もう面倒やから話を飛ばすと、犯人たちはピアノに隠された「鍵」が欲しいらしい。今回のピアノは特注品でやたらとでかいねん。「ラ・シンケッテ」という難曲の最後の4小節を完璧に弾ければ、その「鍵」が取り出せる。犯人はそれを狙っているというわけ。
Y木:その鍵って何?
S原:さあ?なんか高価のものとちゃう?説明があったかもしれんけど、全然覚えてない。
Y木:適当やなあ。最後は?
S原:ステージの上で、照明とか吊るす装置あるやん。あそこで、犯人と主人公がたたかいます。オーケストラは演奏している、その舞台の最上部でもみあう2人。ハラハラドキドキしますねえ。
Y木:……それ、ヒッチコックとかの時代の映画の演出やん。
S原:その後、2人とも落下して、ピアノの上にドーン!ピアノは木っ端みじん!お客さんは、ギャーって一斉に逃げ出します。全員逃げてホールには人っ子一人いなくなります。
Y木:なんで火事でもないのに全員逃げるの?普通は何が起きたか理解できなくてシーンとしたり、あわてて警察呼んだりするするやん。
S原:分かりません。犯人は死にます。主人公は足を骨折します。
Y木:それで?
S原:主人公は破壊されたピアノにむかって、「ラ・シンケッテ」の最後の4小節を弾きます。ガタンと音がします。たぶん「鍵」が出てた音です。主人公は、すごく頭が悪そうにニヤーと笑っておしまい。「これで、オラはお金持ちだっぺ!」という笑いです。
Y木:なんか、おまえの言い方は悪意があるぞ。
S原:いや、ほんまにこんな映画やねんって!信じられへんやろうけど、これはもう観てもらうしかない。製作費もかけてる。ちゃんと俳優は演技もしている。コンサートホールも使っている。カメラも音響も衣装も編集もまとも。なのに、珍作としか言いようのない怪作が出来上がる、いやー映画の製作ってほんとうに難しいですねっ。
Y木:水野晴郎か。
S原:いや冗談抜きで「シベリア超特急」シリーズのほうが、筋が通ってるって。あれはあれで楽しいやん。
Y木:まあな。
S原:いやーみなさま。本人たちは大マジメなのに、こんなメチャクチャな映画は久しぶりに観ました。出来が悪いとか、センスがないとか、B級とか、カルトとかとは全く違う次元の映画です。主人公の行動に目をつぶってもらえれば、十分に楽しめます。ぜひ一度観て下さーい!でも怒っちゃダメよ~!