S原:今回は有名な映画ですよ。
Y木:あったなー、この映画。
(あらすじ)
最愛の妻・タネと「これで最後だから」と約束をし、市は大勢の追っ手に向かって行く。しかし、その争いの中、不運にもタネは刺され命を落としてしまう。市は、タネとの最後の約束を守り、平穏な暮らしを求め故郷に帰り、かつての親友・柳司の家に身を寄せる。そして、仕込み杖を置く。柳司の母・ミツや息子の五郎との平穏な日々が続くかに思えたが、村は非道な天道一家に牛耳られていた。封じ込めた仕込杖を再び手にせざるを得なくなる市。しかし、その先には更なる壮絶な運命が待ち受けていた…。
S原:いつもここで取り上げるDVDは、ほとんど知られていない映画やOV(オリジナルビデオ)が多いねんけどな。これは、大々的に宣伝して全国ロードショーされたから、覚えている人も多いと思う。
Y木:ジャニーズ主演やしな。
S原:当時、まったくヒットしなかったことを覚えてるんやけど、ちょっと気になってレビューをみたら、もう酷評の嵐やった。これがまた、みんな上手に叩いてるねん(笑)こんな暴風雨にさらされて、阪本順治監督や香取慎吾はつらかったやろうな。もう10年たったし、本人たちは忘れたい記憶やろうなあ。
Y木:じゃあ、いまさらここで語らずにそっとしておいてやれよ。
S原:いやいやワゴンコーナーで出会ったら、これはマストバイでしょ。
Y木:まあたしかに有名な作品自体、ワゴンにはあんまり置いてないけどな。
S原:こういうのが、スペース〇〇とか〇〇オブ・ザ・デッドとかの間に置かれていると、東京からきたお坊ちゃんが、田舎の品のない不良に囲まれてるみたいな感じがするよな。
Y木:別にせえへんわ。それで、酷評だらけのこの映画は、どうやった?
S原:なんとも凄い映画やった。正統派メガトン級失敗映画といばええのかな。
Y木:やっぱり…
S原:さきに言っておくと、できるだけ素直に話したいですが、すでにSNSで書かれている短所と重複すると思いますので、ご了承くださいませ。
Y木:だれに了承を求めてるねん。
S原:この映画は、ものすごくお金をかけてます。一説では製作費5億円以上らしいわ。
Y木:5億!
S原:宣伝費とかはさらに数億かけてるやろうから、総予算はもっと大きいはず。このブログでは低予算の邦画とか、たくさん紹介してるやろ。その映画の監督たちは、予算がなくて撮りたい場面をあきらめたり、チープになってしまって悔しい思いをしたはずやねん。どの監督もロケとか撮影とか機材とかキャストにもっと凝りたかったやろうしな。この5憶円+宣伝費を彼らにまわしてたら、もっと日本映画界の未来への投資になったのに(笑)
Y木:そりゃ結果論やん。
S原:まあな。それにしても、こんな特大場外ファールはあまり見れないで。
Y木:なにがファールやねん?
S原:これは「座頭市じゃない」。これに尽きる。
Y木:いやいや、観てないけどな。それは、阪本順治や香取慎吾が可哀そうやで。たぶん、「新しい座頭市」を目指したんでしょ?
S原:では質問です。そもそも座頭市って、どういうところが映画や物語として面白いと思う?
Y木:そりゃ、時代劇で「盲目なのに凄腕のヤツ」ってことでしょ?
S原:100人に聞いたら、100人がそう答えるやろ?
Y木:そうやな。
S原:今回はちゃうねん。
Y木:もしかして盲目じゃないとか?
S原:いや、いくらなんでもそれはなかった。そこまでぶっ飛んでたら面白かったかも(笑)
Y木:5億円もかけたんやろ?ちゃんと観れるようになってるんとちゃうの?
S原:5億円は、まずセット、ロケ、それから俳優のギャラ、これで大半が消えてます。
Y木:えー。
S原:オープンセットというんかな、村の家があって、そのむこうにキレイな山々がみえて…という遠景ショットは文句なしにすばらしい。冒頭の竹林で座頭市が追いつめられる場所も美しいし、ラスト近くで急な傾斜での崖もよく撮れていると思う。
Y木:ほかには?
S原:漁師がいる海岸もしっかりと映していたかな。
Y木:おいおい、自然とかセットとか風景とかそんなんばっかりやがな。
S原:ほんまにそれしか褒めるとこないねん。あと一番違和感があるのは、座頭市の髪型やな。
Y木:髪型?
S原:ゴルゴ13みたいやねん。
Y木:ゴルゴ!
S原:これ、ほんまやで。ゴルゴがいくら仕込み刀を持っても違和感があるで。映画を観ながら「おいおい、どうせ最後はライフルで暗殺するんやろ?」とか突っ込んだりしてな。
Y木:怒られるぞ、阪本順治に。
S原:だって、ほんまに変なカツラやねんもん。DVDのパッケージをみたらわかると思うけど、衣装は赤色がアクセントになっていてカッコよいねん。盲者が赤色を身につけるというアイデアもええしな。でも、それもすべてゴルゴが破壊してしまう(笑)
Y木:わかったわかった。髪型の話はええとして、もっとキャラのことを教えてや。さっき、言った「新しい座頭市」は?
S原:勝新太郎も北野武もアクが強い俳優やろ。だから、正攻法でいかず変化球でいこうとしたのは分かるねん。でも、この座頭市は弱いねん。
Y木:えー?剣術というか居合の達人じゃないんかいな?
S原:一応そうみたい。でも、よく斬られてたで。
Y木:なんやそれ。
S原:たぶん、居合の達人じゃないんやろうな。
Y木:それは座頭市ちゃうやん。ただのオッサンやん。
S原:だから、たぶんこれは「座頭市によく似た誰か」なんやろうな。やっぱりデューク東郷の変装かな。
Y木:なるほどなー……って、いやいや納得しかけてしまったわ(苦笑)要するに、いままでの座頭市のイメージと違いすぎるってことやろ?
S原:そうそう。でも北野武バージョンも金髪にしたりしてたけど、観ているうちに気にならなくなってくる。それが映画演出の力というか説得力やろ。今回の「座頭市 THE LAST」は、最後まで?マークの連続やったから、やっぱり説得力がないねんで。
Y木:具体的にはどうあかんの?弱いってこと?
S原:それもあるけど、この映画の登場人物がなにがしたいかよくわからんねん。
Y木:ストーリーをみると、百姓のために、非道な天道一家を斬るっていう話なんやろ?単純明快でええやん。
S原:一応そうなんやけど、ほんまによくわからんねん。まず、今回の座頭市は、はじめに最愛の人(石原さとみ)を失ってしまうねん。それで、地道に暮らすことを目指して村に来たはずなんやけど、その村で天道一家の悪行の苦しむ村人と出会う。単純な話のはずなんやけどな、天道一家も村人も、なんかバタバタしてよくわからんねん。
Y木:苛められて苛められて、ついに座頭市が刀を抜く…という話ちゃうの?
S原:そういう話…のはずなんやけどな。たくさん有名な俳優もでるけど、あんまり区別がつかなくて単純なくせに人間関係がわかりにくい。みんな思わせぶりなセリフを言ったり、裏読みしている表情をしたり、その一方で変な行動をしたりして、全然わからん(苦笑)観ているうちに「えーと、こいつは悪いヤツやったけ?それとも座頭市を助けようとしてるんやったけ?」と、頭が混乱するんねん。ひょっとして、こっちの頭が悪いんかもしれんけどな。
Y木:座頭市ならでは、という場面はないの?
S原:ほとんどない。あ、もちろん香取慎吾は眼を閉じてるで(笑)
Y木:あたりまえやがな。
S原:盲目と言えば「あっしは、眼が見えねえもんで…」というセリフがあるねんけどな。そこは「あっしは、メクラなもんで…」でええと思うねん。なんで言葉を変えるんやろ?
Y木:放送コード?
S原:やろうな。でもこれって時代劇やで。それに、とくにいままでの座頭市が「メクラ」と自分で名乗るときは、自分を蔑むような、でもおまえらなんかいつでも斬ることが出来るという自負があるような、そういうニュアンスがあるねんな。とくに第一作の「座頭市物語」(1962)は、すごく良いねん。
Y木:なるほど。
S原:だいたい、そんな言葉に気を付けるなら、座頭市なんか作るなっちゅーの。
Y木:殺陣はどうやった?
S原:全然たいしたことなかった。昔正月でやってた「芸能人のかくし芸大会」みたい(笑)
Y木:そりゃ、いいすぎや。
S原:ほんまにそんなレベルにみえるねんって。お決まりの賭場に行く場面もあるねんけどな、眼が見えないやつが丁半博打するから、いくらでも面白くできるやん。実際、勝新太郎の座頭市では、賭場の場面が多いけど、どれもほんまに面白いからな。
Y木:サイコロの博打やな。そこでは、かっこいい場面はないの?
S原:別に普通に凄むだけやった。ここは勝の座頭市と同じエピソードを使ってもええと思うんやけどな。
Y木:それはしたくなかったんやろ。何度も言うけど、勝新太郎とは別の座頭市像を作りたかったんでしょ。
S原:でもそのくせ、ところどころ勝新太郎の歩き方をモノマネしたりしてたで(笑)結局、目指すところがファールゾーンなうえに、お金のかけかたもおかしいから、こんな映画になるんやろうな。
Y木:有名な俳優がたくさんでてるから、豪華になるはずやのにな。
S原:いやーみんな小汚いだけやったで。リアリズムを追求したんやろうけど、衣装やメイクでなくもっと違うところに気を遣ってほしかった…
S原:そうそう。石原さとみは冒頭5分くらいしか出演しないのに、クレジットでは2番目(笑)
Y木:大人の事情が垣間見える瞬間やな(笑)
S原:冒頭は竹林で映像自体はキレイねん。でも、きれいに竹が並んでいる間から、一斉に10人くらいが横にスライドして、バッと敵が現れる。そんなことってある?(笑)昔のディスコミュージックで「ステイン・アライブ」(ビージーズ)ってあったやろ?あのMTVにそっくり。
Y木:いったいいつのセンスやねん。
S原:しかも、石原さとみが死ぬ場面がすごい。コントみたいに、背中にドスッって刀が刺さる。背中から、大きな刀がビヨーンって生えてたまま、ゴルゴ13に別れを告げる(笑)
Y木:ギャグか。
S原:あと、この映画では血が出ないねん。
Y木:あーそれも狙いでしょ。
S原:そういう演出はええねんけどな、映画のはじめのほうで、悪役の手下が手首を切り落とされるねん。血の出ていない手首が映って、男が「イタタタ、イタタタ!」って庭を走り回って、まわりは無表情でじっとみてるだけ。
Y木:カフカの小説みたいやな。
S原:もう疲れたからこのへんで止めるけど、要するにみんなが当然疑問に思うポイントに対して、ちゃんと説明できていないから違和感だらけやねん。「新しい座頭市像」を目指すのはええねんけど、その新しさに説得力がない。だから最後まで観ても「え?これでおしまい?え、間違って違う映画をレンタルしちゃった?」というだけやねん。
Y木:今回は、ボロクソやがな(笑)
S原:さっきも言ったけど、低予算で苦労している映画ばっかり観てるから、余計に腹がたつんやろうな(笑)
Y木:おまえ、だれの味方やねん。
S原:さあ、みなさん。できるだけフラットな気持ちで観たつもりですが、途中からはもう我慢できずに粗探しをしてしまいました(笑)まああれですよ、長い人生で一度くらいは珍作を経験しても良いと思いますよ、ほんまに。普通に座頭市を楽しみたい人はやめておいたほうが無難でしょう。でも、ライフルで暗殺をしないゴルゴを観たい人はマストバイですよ!
Y木:今回はメチャクチャやな(苦笑)